HOME > アーサー・マレーとは

アーサー・マレーとは

アーサー・マレーとは?

am_001.gif

 正式名称は『Arthur Murray International Incorporated』と言い、アーサー・マレー氏(1895-1991)が、1912年に創立。現在は、米・マイアミに本社があり、世界19ヶ 国に250を超えるスタジオがあります。「アーサー・マレー矢部ダンスセンター」が日本で第一号のフランチャイズ・スタジオです。

 

ダンス教授だけでなく、お客様へのサービス精神をモットーに、ダンスの付加価値の創造、最高水準の顧客満足度への挑戦をスローガンに掲げて、ダンスの楽しさを皆様に伝えていくことが基本理念です。

アーサー・マレーのスタジオでは

「お客様がダンスフロアーで楽しめるようになる」それが私たちの目標ですimage.png
ダンスの楽しみ方は人によって様々です。一人ひとりのお客様に合わせたレッスンを提供致します。また、ダンスをどう楽しんでよいのかお悩みの方は、何でもお気軽にご相談ください。

初めての方でも、楽しく、短期間でダンスを習得することができ、無理なく自信がつきます
「ほんとに私でも踊れるようになるの?」「人前で踊るのは恥ずかしい・・・」と思っている方、ダンスとは本来楽しいものなのです。アーサー・マレーの教授法で楽しく、短期間で、無理なくダンスを習得していただけます。

ダンスがあなたの人生をより楽しくする!私たちがお手伝いします
ダンスレッスンを通して、お客様のダンス・ライフが楽しく、実り多いものになりますようお手伝いさせていただきます。

アーサー・マレーのインストラクターは上手なダンサーです。でも、それ以上に教える事が上手です。
アーサー・マレーでダンスの指導にあたるのは、自身が踊るトレーニングはもちろんのこと、指導のために独自の教授法を習得したインストラクターです。

歴史

1912年

ニューヨークにてアーサー・マレー氏が社交界を相手に舞踏ダンスを教え始めました。マレー氏はダンスがとても上手であったため、大学へ通う費用はすべてダンス指導で稼ぎ、経営学部を卒業しました。ダンスのフットプリント(足型)を考え出したのもマレー氏であり、今でもアーサー・マレーのトレードマークのひとつとなっています。そのフットプリントを通信販売することにより事業のきっかけをつくりました。

1920年

世界で初めてラジオを通じてダンスを紹介していきました。その後、マレー氏はニューヨークの社交界にデビューし、ヒルトンホテルの前身であったコンラッドホテルチェーンに教師を派遣するようになりました。そのことが、後にフランチャイズシステムの開発へと繋がりました。

1938年

最初のフランチャイズ・スタジオをミネアポリス市にオープンしました。

1946年

株式会社へと成長

1950年

全国ネットワークのテレビ番組「アーサー・マレー・ダンスパーティー」が始まりました。この番組は1962年までの12年間続き、「アーサー・マレー」の知名度を不動のものへと確立していきました。

1964年

マレー氏は引退し、フィル・マスターズ氏、およびジョージ・タイス氏の両氏に受け継がれ、第2世代に入り、時代に応じたグローバルな組織へと成長していきました。その後、カナダ、オーストリア、イタリア、ドイツ、南アフリカ、イスラエル、ブラジル等、世界各国にフランチャイズ・スタジオが設立されていきました。

1998年

将来のアジア進出に先駆けて、日本で第1号の「アーサー・マレー矢部ダンスセンター」(栃木県日光市・西方町、2002年栃木県宇都宮市)が発足しました。そして北海道室蘭市、旭川市、栃木県小山市、神奈川県横浜市にと続々と、フランチャイズ・スタジオが発足しました。

2012年

現在は、米・マイアミに本社があり、世界19ヶ国に250を超えるフランチャイズ・スタジオがあります。一例をあげると、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、イギリス、イタリア、ドイツ、エジプト、イスラエル、ヨルダン、レバノン、南アフリカ、ブラジル、香港、そして日本にあります。

このページのトップへ